

西五反田の家の建築主さんは、あえて暗めの、落ち着いた空間を好まれました。その感覚を大切にしながら、照明の光を控え、陰影を空間の主要なテーマとして設計しています。
夜の室内では、壁や梁に落ちる影、棚の奥にたまる暗がり、木の床に静かに広がる光が、それぞれ異なる深さをもって現れます。照らされた面から、少しずつ影へと移っていく。その明暗の移ろいが、素材の質感を引き出し、空間に奥行きと穏やかなリズムを与えています。
谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』のなかで、「美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。」と記しています。この家の夜の表情を眺めていると、その言葉が自然と思い浮かびます。壁や木、棚や梁がつくる美しさは、それぞれの素材や形だけで完結せず、光と影の関係のなかに立ち上がってきます。
目が暗さになじむにつれて、木目や壁の凹凸、天板に映るわずかな光にも気づくようになります。ソファに腰を下ろし、ゆっくりと視線を巡らせる。控えめな明かりのもとでは、そんな何気ない時間にも、空間を味わう楽しみがあります。
照明を考えることは、そこに残る暗さを考えることでもあります。どこに光を届け、どこに影を残すのか。光の量と届き方を丁寧に整えることで、住まい手が心地よいと感じる夜の居場所が生まれます。
暮らしにふさわしい明るさは、人によって異なります。西五反田の家では、建築主が好まれた暗さを、住まいの豊かな表情として育てました。静かな陰影に包まれながら、一日の終わりを穏やかに過ごす。その時間に寄り添う空間を目指しています。